2004年8月21日土曜日

全国知事会/補助金削減案・義務教育費

■概要
 全国知事会が、政府に廃止を求める補助金や負担金のリストをまとめた。
 いわゆる三位一体の税財政改革で、06年度までに3・2兆円の補助金を削り、その見返りに3兆円の税源を地方に移すよう求める。さらに09年度までを第2期改革と位置づけ、計9兆円の補助金廃止と総額8兆円の税源移譲を求める内容である。
 この地方案づくりは、小泉首相から投げられた宿題だった。今春、首相は3兆円の税源を地方に移すことを約束し、その前提として、削るべき補助金を示すよう要請していた。
 都道府県や市町村は人口、面積、財政事情などがばらばらなので、ひとつの案をまとめるのは難しいとみられていた。しかし、知事会は「分権の千載一遇の好機だ。首相にボールを投げ返そう」(知事会長の梶原拓岐阜県知事)と足並みをそろえた。市長会や町村会も内容に合意している。
 補助金廃止案には、論議を呼んだ義務教育費国庫負担金のうち、中学校分の8500億円だけが含まれている。公共事業の削減は5900億円にとどまった。3兆円の税源移譲を最優先させ、廃止すべき補助金の数字合わせをした面は否定できない。(朝日社説)

 まぁ、地方案は短期間でまとめたからね。数字合わせ優先は仕方がないでしょう。
■毎日新聞/社説「知事会リスト 地方分権促進の突破口に」
 廃止反対派の最大の論拠となったのは、「義務教育は国の責任」だ。補助金を廃止し、一般財源化すると、財政的な差により教育の質に地域格差が生じる恐れが出てくる。石原慎太郎東京都知事、田中康夫長野県知事らは、こうした問題点を追及した。
 一方、廃止派は一般財源化により、地方の裁量余地が増し、地域の実態に合った教育が可能と主張。結局、知事会議では異例の採決に持ち込まれ、3分の2以上の賛成で廃止が了承された。
 「三位一体改革」は小泉政権が進める「小泉改革」の一つ。(1)国からの地方への補助金を減らす(2)その見返りとして、削減に見合う税源を地方に移譲する(3)地域格差解消のための地方交付税の見直し−−がうたわれている。
 「三位一体改革」の初年度(04年度)は、国の支出抑制ばかりが優先された。税、財源移譲が進まないことに地方は猛反発を見せた。そこで、小泉純一郎首相は06年度までに「3兆円規模」の税源移譲を打ち出し、その前提となる補助金削減リスト案作りを知事会など地方6団体に要請していた。
 義務教育費国庫負担金がリストに盛り込まれた最大の要因は、税源移譲との数合わせにあった。しかも、同じ義務教育でも、小学校分は除外し、中学校分だけを対象にした合理性もうかがえない。知事会議でも教育の視点からの論議は十分尽くされなかった。
 だからといって、反対論にくみするわけにはいかない。教育は本来、分権が求められる。行き詰まっている義務教育を打開するには、地方や学校現場の創意、工夫が何よりも必要だ。教育の機会均等を一応成し遂げた成熟社会では、義務教育=国の責任論だけで、廃止反対を貫くには無理がある。
 公共事業への補助金削減が少な過ぎるなどリストの内容には不満な点も多い。だが、地方分権は時の流れである。戦後の「経済大国」を支えた中央集権的な官僚政治は、抜本的な見直しを迫られている。地方分権は再生策の一つだ。
 私の立場は毎日に近い。そもそも「教育の機会均等」などまやかしに過ぎない。地方が創意工夫によって、競い合うことはよいことだ。例えば、他の地域に比べて立ち遅れているとなれば、知事は責任を問われることとなるだろうし、それは教育問題は地方における選挙の重大な争点となりうる。
■読売新聞/社説「[全国知事会]安易な義務教育の補助金削減案」 
 しかし、憲法で保障された「教育の機会均等」に基づく義務教育は、国が責任をもって行うべきものだ。
 地方の補助金削減案には、義務教育費のほか、公共事業費、公立学校や社会福祉施設などの施設整備費、私学助成や在宅福祉事業、私立保育園や児童福祉施設の運営費など、百六十一項目の補助金が並んでいる。だが、義務教育に対する補助金を、他の補助金と同列に扱うことはできない。
 奇妙なのは、義務教育の小中学校のうち、中学校を切り離して、教員給与分8500億円の補助金を削減するとしていることだ。足して二で割るような手法は安易にすぎる。
 全国知事会議での論議は、この問題をめぐって、賛否両論が噴き出し、紛糾した。だが、教育について、国・地方がそれぞれどんな役割を果たすのか、などの本質的な論議は十分、行われないままだった。3・2兆円の数合わせのために、安易な削減案を決めたのは、見識も、理念も欠いたものだ。
 最終的に意見集約できず、採決で削減案を決めたことも疑問だ。全国知事会は議決機関ではないという意見もあるが、地方としての意思決定のあり方を見直すことも、検討すべきではないか。
 国家の基本にかかわる教育問題を、数字の操作で軽々に扱うべきではない。
 反対の立場をとっている。「安易だ」と批判するだけで、義務教育は、国が責任をもって行うべきという論拠が示されているわけではない。
■産経新聞/社説「全国知事会 首相の真の力が試される」
 会議では義務教育費の協議が大半を占めた。東京都の石原慎太郎知事は「日本を左右する教育問題を国、地方とも議論しないままにカネの話に突っ込んでいる」と、義務教育分野先行に反対の意向を示した。
 しかし、採決では賛成に回り、反対した七県知事とは一線を画した。義務教育費の削減には反対だが、地方分権全体を考えるとともに、国との対決のためには地方の団結が必要との判断からであろう。他の多くの知事も同様ではあるまいか。
 取りまとめた削減案では、国が公共事業や社会保障関連なども含めた補助金を削減する代わりに、三兆円程度を国税の所得税から地方税の住民税に税源移譲する−が主な骨子だ。
 各省庁にとって補助金は、地方をコントロールする“武器”であり、長年続けてきた慣習を破ることにつながる。このため、今秋に経済財政諮問会議がまとめる三位一体改革の全体像や、来年度予算案に盛り込むさいの省庁側の抵抗が強まるのは必至だ。
 族議員も激しく抵抗するだろうが、首相はこれらを封じ込めるよう「政治の力」を発揮し、巻き返しを許さないことだ。それが「省益」に凝り固まり、有している権益は一つも手放さないという霞が関を改革することにもつながるのではないか。
 また、税源移譲は本当に必要な事業に対するものであり、今回の削減案がどこまで税源移譲の対象になるか厳しい査定が必要だ。その場合、地方の不満が噴出する可能性もあるが、首相はこれも押さえ込む責任がある。
 小泉首相の政治理念でもある「地方にできることは地方に」という地方分権型社会は、今回の地方案で歩みを始めた。しかし、国と地方の攻防はこれから本格化する。首相はもとより、経済財政諮問会議の責任は一層重くなったというべきであろう。
 はっきりしない。石原ヨイショにニヤリ。
■朝日新聞/社説「補助金廃止案――丸投げ首相は丸のみを」
 とりわけ知事会が多数決で廃止案を採択したことの意味は大きい。これまでの陳情とは違い、知事たちが責任を持って政策実現の一翼を担おうとしているのだ。国と地方の対等な関係に近づく確かな一歩といえる。
 知事会は今回の廃止案を論議するため、政府と地方との協議機関を立ち上げることを要求している。政府はただちに協議機関をつくり、担当大臣が地方代表と折衝すべきだ。
 補助金を削られそうな省庁の官僚やそれを取り巻く族議員らが早くも反対の声を上げている。「政府内の論議はこれからだ」「国会で法案を通さない」などと息巻いているのだ。
 だが、これは、なぜ地方が具体案をつくったのかをわきまえない言い分だ。
 そもそも各省庁が縦割り行政のため、補助金廃止の優先順位をつけられなかったのが出発点だった。中央集権の強力な武器である補助金を手放せば、それに伴う権限も減っていく。そんな現実を前に、各省庁は改革に対応できなかったことを忘れてもらっては困る。
 補助金行政がすべて悪だ、とは言わない。しかし、住民の意向より、補助金がつく事業を優先させるような行政のムダは、もう許されない。もっと地域の創意工夫による自主的な運営をめざすのが地方分権の流れだ。その先に、国と地方の財政再建という結果もある。
 補助金廃止案づくりを地方に丸投げしたのは小泉首相である。この地方案を丸のみする覚悟で指導力を発揮すべきだ。
 「丸投げ首相」とは何とも挑発的だ。そのわりに中身が…
■日経新聞/社説
 今後、国と地方の間だけでなく、国民的な議論をすべき課題も残っている。その第一は全国知事会で激論となった教職員給与の半額を保障している義務教育費負担金の廃止だ。
 地方に税源移譲して教育の自由を高めるべきだという意見もあれば、税源移譲すれば優秀な人材確保が難しくなり、一定の教育水準を保てなくなるとして存続を主張する意見もあった。これに関連して、河村建夫文部科学相は「6・3制」の運用弾力化などを地方に認める代わり、同負担金を堅持するという案を示している。
 地方に移譲した場合、すでに独自に取り組んでいる少人数教育の推進などでどれだけ地方の教育の自由が広がるのか。教育の機会均等が失われると心配する声もあるが、教育予算の地域格差が極端に広がることはないか。もっと議論を深めなければならない。
 今回の地方の削減案づくりでは、それぞれの補助金を廃止した場合、国が税源移譲に応じてくれるかどうか、手探り状態が続いた。特に、公共事業関係では、国はこれまで、補助負担金の原資が建設国債であり、税源移譲には応じられないと拒否してきたため、対象にするかどうか、最後までもめた。
 国と地方の間の常設の協議の場がないため、双方が疑心暗鬼になっている面がある。2000年施行の地方分権一括法で、国と地方は対等・協力の関係とされた。それなら、国と地方との間の調整の場が必要なはずだ。三位一体改革は協議の場を設けて、双方が堂々と渡り合う透明度の高い改革にした方がいい。
 無難にまとめた。


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