2004年8月16日月曜日

ハードパワー/ソフトパワー

政治部・伊集院敦「日本ソフトパワー再考」(日本経済新聞・風向計8月16日)
 どうして日中関係はこんなことになってしまったのか。江沢民前政権の愛国主義教育、中国内に広がる経済格差、小泉首相の靖国神社参拝問題……。原因に関する詳しい分析は専門家にまかせるが、背後に国民レベルの相互理解の欠如があるのは容易に想像できる。
 大使の離任と時期を前後して、日本に滞在していた中国人記者の送別会にたまたま出席する機会があった。やはりサッカーのブーイング問題が話題になったが、そこで議論になったのが20年前と最近の中国の若者の対日本観の違いだった。
 その中国人記者が10代だった1980年代は中国でも山口百恵や高倉健らのテレビドラマがひんぱんに放映され、トラさん映画を観ながら日本語を勉強する若者も少なくなかったという。
 ところが最近は日本のドラマが放映される機会はめっきり減り、その地位は韓国ドラマにとって代わられた。日本製アニメは依然として健在だが、ドラマや映画に比べ日本人の生活や考え方が必ずしも伝わりにくい面がある。この結果、今の若者の多くは日本への知識が乏しく、親近感も抱いていない。ふだんは日本をそれほど意識しているわけではないが、ひとたび日中関係で事件が起きると学校や教科書で教えられたことくらいしか知識がないから「反日」の炎が一気に広がる――というのが、この記者の見方だった。
 米国の安保専門家であるハーバード大教授のジョセフ・ナイ氏はかねて、外交問題で軍事力などの「ハードパワー」にのみ依存するのではなく、その国自体が持つ魅力を通じ、外交目標を達成しやすい環境を整備する「ソフトパワー」の重要性を指摘してきた。最近はブッシュ政権の外交姿勢を批判して語られることが多いが、この説に従えば日本もまだまたソフトパワーが不足しているのかもしれない。
 国旗を焼かれたり、公使の乗った自動車の窓ガラスが割られたりしたのだから、国として抗議したり、言うべきことは言うのは当然だ。ただ、問題が発生したときの社会的クッションが欠如しているのなら深刻だ。日本側も「五輪をやる国としては正直、いかがですかな」(麻生太郎総務相)などと皮肉だけ言ってても始まらないだろう。
 政府関係者が事件について「警官を動員し最大限の努力をしてもコントロールが難しかった」と説明するほど中国でも大衆社会の裾野が広がっているのだから、文化などのソフトパワーで民衆を引きつける努力は一段と重要になってくる。
 韓国ドラマ「冬のソナタ」の「ヨン様ブーム」を例に出すまでもなく、1本の人気ドラマや、1人のスターの存在は100人、1000人の外交官に勝るとも劣らぬほどの影響力がある。
 業界関係者によると、韓国の映画やドラマの輸出が好調な原因はコストなどの優位性もあるが、政府支援で見本市を開くなど官民一体の売り込み努力があるのも否定できないという。戦前の国策宣伝などとは全く異なる新たなソフト戦略。いまだに続く冬ソナブームに学ぶ点も多い。
 韓流ブームはどれくらい日韓友好に寄与しているのだろうか。日本のブームを見た韓国人は、自国文化を誇らしく思うのと同時に、日本に対して親しみをも感じているはずだ。


0 件のコメント: