2004年6月25日金曜日

落合恵子「出生率」

■落合恵子「出生率」(週刊金曜日)
 晩婚・非婚化、少子・少産化の背景には、そういった社会的状況と個人的事情が複雑に絡み合った「それぞれの場合」がみてとれる。
 しかし、子どもは上の世代の年金や介護の担い手として生まれてくるわけでも、いまここに存在するわけでもない。子どもは子ども自身の人生を生きるために生まれ、そしていま、ここにいるのだ。また、個人がいつ結婚しようと(しなかろうと)、それはきわめてプライベートな領域に属する「個人の場合」である。政府がとやかく口を挟むことではない。
 法案成立まで明らかにしなかったことはむろん大問題ではあるのだが、子どもを年金や介護の担い手として無意識であろうと位置づけるような文脈には、ちょっと待てよ、と抵抗を覚えるわたしがいる。またもや「産めよ、殖やせよ」の大合唱時代到来、か?
 法案成立までの過程も酷かったが、子どもの存在は、先に老いゆく大人の「保険」ではない、と母を介護しながらつくづく考える。

「産めよ殖やせよ」時代から
女性の選択肢が広がる時代への社会の変化

塾生 では塾長、この出生率自体についてはどう捉えるべきでしょう? 少子化問題は本塾の書籍版でも論じていただいていますが、先進国の中で下り続けているのは日本だけだそうですね。
塾長 ドイツもイタリアも下げ止まりましたからね。出生率が上がらない理由は、いろんな観点で話されていますが、日本の場合は晩婚化や、結婚しても共働きが長く続く、という状態が急速に進み、それに伴って出生率が下った。当然の成り行きだと思います。
塾生 そっか。“過去最低更新”って聞くと、不安を増長されますが、予測できたことなんですね。突然、慌てる必要もないんだ。
塾長 はい。数字自体は驚くに値しない。かつ、一貫して下がり続けているのも当然で、もう少しこの状態が続いてもおかしくない。出生率が下る社会状況が、依然として続いているわけですから。それに、「なぜ日本だけが下がり続ける」と驚く必要もない。少子化社会への対応ということに関していえば、日本はどちらかといえばまだまだ発展途上国なんですから。少子化に対応した社会の仕組みがまだ整備されていません。
塾生 では、“出生率が下り続ける社会状況”というのはどういうものですか? まぁ、戦後の「産めよ殖やせよ」時代からすれば、出生率が下降するのは当然とはいえ、どんな状況なのか確認させてください。
塾長 たとえば、「女性の就職は結婚までの腰かけ」と思われていたのは、そんなに昔の話ではないですよね、日本では。今でさえ、女性が長く勤めるのは当然という認識が、浸透しているとは言えない。
塾生 「結婚したらすぐ辞めるから、女の子は」って考えている会社、ほんの10年ほど前は多かったですもんね。片や、「好きな仕事をするぞ」って仕事で自己実現をしようとする女性も増えた。
塾長 そして、女性の晩婚化傾向も進んだ。つまり、いろんな意味で、女性の選択が増えてきたんです。その流れに、ようやく今、拍車がかかってきたんだと思います。昔は、まずは「産めよ殖やせよ」。さすがにそうじゃなくなって、20年ほど前は“適齢期”という言葉がごく当たり前に使われる状況に。今なら差別用語になりかねませんけどね(笑)。
塾生 女性が定年まで勤めるとも考えられていなかったですね。
塾長 で、次は定年まで勤めるのは、結婚していない女性ですね、となり……出生率を下げるような、社会的力学が定着していくプロセスを、日本は段階的に経てきたわけです。この傾向はもっと深まるかもしれません。ですから、保育所を増やすなど、小手先の対処法だけで出生率が上向く、と考えるのは違うと思うんですよ。
塾生 時間を経た社会変化の中で、出生率が下ったわけですもんね。
塾長 ええ。今回の数字は、「出生率が高まってくれないと困る」という政治側の都合や、マスコミの報道の仕方が相まって、センセーショナルな数字に受け取られたんでしょうね。
 
「女が子供を産めば解決」なんてNG!
自分のライフスタイルと社会の在り方を考える

塾生 人口が増えれば、年金や景気回復の問題が、手っ取り早く解決するって、行政側は考えてそうですね。
塾長 そうそう。だから、見方を変えれば、「日本だけどんどん下っている」というフレーズには、年金問題がにっちもさっちも行かなくなったから、出生率は高い方がいいともう一度思わせよう、という陰謀が込められている。なんてふうに見えなくもない。
塾生 あー、私、思わされてるかもしれません(苦笑)。
塾長 出生率が下っているのは事実です。が、「“日本だけ”下っているのが問題なの? また上がればエライわけ?」ぐらいドンと構えておきたいもの。もちろん、出生率が下がり、人口が減っていくのは、国の消滅につながる気がしてコワイことではある。しかし、下ることを問題視するのは、必ずしも必要ではないと思います。
塾生 問題視する背景には、年金問題などの行き詰まりがあるとも考えられるわけで。
塾長 はい。発想の貧困さは、数字を評価する姿勢にも現れます。為替だって、同じ数字をめぐって高いだ、低いだ、いろんな人が、立場によっていろんなことをいう。出生率も同じ。しかし、出生率アップだけが問題の解決ではない。移民の受け入れを含め、在住外国人に市民権、永住権を与えれば、その人たちからも保険料が得られる、という方策もありますから。
塾生 地球規模で考えるれば、人口は増えているんですものね。でも、日本の人口を減らしたくないって考えるなら、どんな社会にしていきたいか、意識を変えていかないとダメ。
塾長 制度が悪いから子どもを産まなくなっているのなら、また問題ですからね。とにかく、いろんなところでご都合主義的な対応になっている。「瞬間風速だから大丈夫」というのも何の意味もないし、年金のために産むっていうのも、また違う。
塾生 私の周囲にも、出産適齢期でも子どもを産んでいない人、けっこういるんですが、経済的な不安や将来への不安を、産まない理由にしている人もいて。
塾長 一つの社会現象として、正面から見据えるべきですね。頭から「いかん」なんて言われることでもないし。
塾生 「子ども産め?」なんてプレッシャーかけられても困るし(笑)。自分の選択で産みたいです。書籍でも触れましたが、中国の一人っ子政策や“チャウシェスクの子どもたち”など、政治の都合で極端に制限されたり、奨励されたりして、あとでヒズミが出た例もありますね。
塾長 ええ。だから、出生率の低下自体より、それに対する反応、評価のほうを、問題視すべきなんです。下手すると「子どもを産みたがらない女性が悪い!」なんて話になっちゃう恐れもね。疑心暗鬼になりすぎかもしれませんが、「“人形の家”に女性たちを閉じこめろ?」って極端なことにも……。


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