2004年2月6日金曜日

着床前診断・「生命の選別」という倫理的問題

■「着床前診断」は、重い障害のある子どもの出産を回避する技術として開発されたが、「生命の選別につながる」という倫理的な問題を抱えたために、日本産科婦人科学会はガイドラインを設けていた。しかし、神戸市の産婦人科の医師がそれを無視し、3組の夫婦を対象に独断で実施し、うち2組は男女産み分けを目的としていたことが判明した。
■障害児を排除しようという発想でさえ、「優生学」的な危うさがある。しかも、恣意的に男女の選別を行うというのは、明らかに「医療」からの逸脱であり、親の都合である。人口のバランスを崩すということよりも、この先に待っているものに危惧を抱く。
■かつての「ラエリアン・ムーブメント」による「クローン人間」騒動の際にも言われたが、生殖医療技術の進展に社会が追いついてない現状が浮き彫りになっている。このようなことを規制せずにいれば、体質さらには能力までも調べて、希望に沿った受精卵だけを選び、出産することが必ずおきてくる。
■まぁ、一般論というか平凡な意見を述べたのだが、「なぜ生命を選別していけないのか?」という根源的な問いへの回答を用意せねばならない。何となく「生命の選別=倫理に反する」という固定観念が出来あがっていて、これを当然のこととして考えてきた。が、これを疑ってみる必要がある…なんてことホームページの「懐疑派」の文字を見て思った。
■「生命の選別」が抱える問題を整理して、じゃぁ「どこまでが許されるか?」という線引きの議論をする必要がある。これについては、そのうち考えてみよう。って、いつも「そのうち」と言っている気がするが(笑)、まぁ、まだ大学の試験とレポートが残っているので、とにかく「そのうち」だ。
■この点に関して(あるいは今回の事件について)、自分はこう考えるとか意見があったら、気軽に「お便り」を送ってください。あと「おすすめ本」なんかもあれば教えてください。


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