2004年4月19日月曜日

名誉の殺人

■仮面の告発 衝撃の殺人(今週AERA,宇留間和基編集長おすすめの記事)
 パリにある出版社の一室に現れたのは、アラブなまりの仏語を話す40代半ばの女性だった。昨年、フランスで発売されるやベストセラーとなった自叙伝。その作者スアドさんである。インタビューの写真を撮影する際には、必ず白いマスクで素顔を隠す。ペンネームももちろん仮名である。いまでも、命を狙われる危険性があるからだ。首や腕からのぞくやけどの痕が痛々しい。耳も変形して原形を留めていない。

●実行犯は英雄扱い
 現在のヨルダンに位置する小さな村で生まれた。女性は家畜以下と見なされ、子供でも奴隷のように働かされる毎日だった。父親からの虐待も日常的だった。

「それが辛いことだということすら当時は分からなかった。父親の暴力でさえ生きている証し。その生活を受け入れるしか生きる方法がなかったんです」

 身体的苦痛から逃れるには結婚して家を出るしかないが、父親が相手を決めるまで結婚はできない。17歳で恋をした。彼の気持ちをつなぎ留めておきたくて、求められるままにセックスをした。そして妊娠。それが家族に発覚した時、彼女を待っていたのが「死の報い」である。ある日、頭から石油をかけられ火をつけられた。手を下したのは義兄で、指示したのは両親だった。

 ヨルダンを始め、アフガニスタンやパキスタンなど、アジアや中東の一部地域では、「名誉の殺人(Honor Killing)」と呼ばれる習慣が今なお存在する。女性の婚前、婚外交渉は身内の恥とされ、「家族の名誉を汚した」代償として、父親や男兄弟が本人を殺害して家族の面目を保つ。家族会議で誰が、どんな方法で殺すかが決定される。実行した男性は「英雄」となり、罪に問われることはない。

 中東のジェンダーに詳しい名古屋大学大学院の中西久枝教授によると、イスラム教成立前の部族社会に存在した家父長制主義が女性の婚外交渉を避けるためにヴェール着用を促した。そうした価値観と習慣が温存された結果だという。

 国連の統計では、2003年にヨルダンだけで5千人が被害にあったとされる。被害者の多くが殺され、まれに助かっても見つけだされて殺害されるのを恐れ沈黙するため、生き証人がほとんどいない。家族もかばい合う。明るみに出ているのは氷山の一角だ。アムネスティ・インターナショナル日本の寺中誠事務局長は言う。
「ドメスティック・バイオレンスの最も激しい形。放置している政府の責任は大きい。警察が加担することまであり、状況は深刻です」

●欧州でも相次ぐ悲劇
 スアドさんは重度のやけどを負いながらも奇跡的に助け出されたが、母親は病院で瀕死の状態にあった娘に毒を飲ませて「名誉の殺人」を完了させようとしたという。

 福祉団体の助けで、現在は欧州のある国で新しい人生を送っている。結婚して娘が2人いる。やけどで昏睡状態のまま出産した息子も同居し、幸せな毎日だという。

 だが欧州でも「名誉の殺人」の悲劇は起こっている。最近も、38歳のスウェーデン人女性が離婚を申し出たために、アラブ人の夫と7歳の息子によって水死させられた。スアドさんにも、いつか家族に捜し出されて、また殺されるのではないかという不安が募る。

「でも自分の体験を話すことは唯一の武器。今もおぞましい風習で殺されかけている女性のために、命を賭けて世界に伝えたい」



■ひと:スアドさん=「名誉の殺人」から奇跡的に生き残った(毎日新聞)
 白いマスクは、身元とやけどの手術痕を隠すため。顔から両腕、背中、胸と30回以上の皮膚移植手術を受けた。それが25年ほど前のことだ。ヨルダンの小さな村で生まれた。女は家畜以下の生活。婚前に男性と関係を持つと「一族の恥」とされ、名誉回復のため家族の手で殺される。これが「名誉の殺人」だ。

 17歳の時、隣家の男に恋をし妊娠した。殺されるのはわかっていた。「何の疑問も持たずに男は女を虐待する。それが間違ったことだと考えもしない社会でした」。両親の命を受けた義兄にガソリンをかけられ火を付けられた。ひん死で病院に担ぎ込まれ、その後、スイスの人道団体に救出された。渡欧し、すぐ手術。西欧女性の自由な姿に衝撃を受け、故郷の男たちの「悪」を理解した。

 「中東だけでなく欧州やパキスタン、ブラジルなどの一部で、今でも『名誉の殺人』はまかり通り、年間5000人以上が被害に遭っている」
 被害女性の救出活動に協力し、実態を知ってもらいたいと本にまとめた。「思い出すのは苦しい作業だったが、この本によって生き返った」
 救出されてからは自殺未遂やうつ病を繰り返しながらも、結婚し娘2人をもうけた。「火あぶり」の際におなかにいた息子とも再会を果たした。

 「ようやく女性でいる幸せがわかった。生まれ変われるとしても、女に生まれたい。もちろん、あの村以外で」



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