2004年8月6日金曜日

没落ナショナリズム

■中国の一部愚か者のせいで、日本人の対中感情が悪化しているようで、ネット上には中国に対する醜い記述が目立つ。なぜ、同レベルにまで落ちようとするのか。笑い飛ばしてやればいいじゃないか。「醜い」と思うなら、なぜ自身の姿を正そうと思わないのだろう。やはり「偏狭なナショナリズム」が共鳴し合っているようで、いよいよたちが悪くなってきた。

■さて、別記事のコメントでもやや触れたが、保守派はご立腹だ…
読売新聞/社説[アジアカップ]「“愛国”教育が生んだ反日民族主義」
 こうした偏狭なナショナリズムは、中国政府自身が育てたものだ。

 「反日シンドローム」――。こう形容したくなる程、中国で反日感情が高まったのは、一九九〇年代半ば以降のことである。とりわけ戦後五十年の節目となった九五年、江沢民政権は、「愛国団結」を訴える「抗日戦勝キャンペーン」を大展開した。

 新聞、テレビは、旧日本軍の侵略、残虐行為を検証する報道であふれ、その後、「反日」は愛国教育の基調となる。アジアカップのスタンドを埋めたサポーターの大半は、この「愛国世代」の若者たちだ。彼らにとって反日は、「自明の理」という感覚になってしまった。

 共産党独裁政権の正統性と求心力を維持するため、江沢民指導部は、「愛国教育」を通じて日本に対する民族的反感を増幅させた。中国の若者の間で、反日が不満のはけ口になりがちなのは、体制批判が許されない中国国内の問題の反映でもあるだろう。

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 江沢民・前国家主席は九八年の訪日の際、「歴史の教訓を永遠にくみ取らなければならない」と、一方的かつ執ように繰り返し、日本国内の嫌中感情に火をつける結果を招いた。

 平和の祭典オリンピックを主催することになる胡錦濤政権は、自ら育てた反日という「負の連鎖」を断ち切るよう努めるべきだ。負の連鎖が続くのは、日中双方にとって不幸なことだ。
 「他人のふり見て我がふり直せ」と言っておきましょう。「あれは愛国の“はき違え”だ」と言われても、そんな都合のよい話では到底、納得できませんよ。


■こちらはやや面白みに欠けるが…
産経新聞/社説「サッカーアジア杯 五輪開催の資格あるのか」
 中国共産主義青年団機関紙が「スポーツと政治を混同するな」と厳しく批判したものの、インターネット上には、同紙を「小日本(日本の蔑称)に味方するのか」と逆に攻撃する書き込みが殺到、済南で三日行われた準決勝でも状況は改善されなかった。

 中国は準決勝で十年間負け続けたイランを破り、決勝戦で日本と対決することになった。中国人サポーターのボルテージは上がり、ネット上には「抗日戦勝利を」「小日本撃滅」などの書き込みが乱舞している。日本政府が不測の事態を警戒し、中国側に異例の申し入れを決めたのも当然だ。

 このような事態になった背景は複雑だ。反日愛国主義教育の影響や、経済成長に伴う大国意識の広がりに加え、大卒者でも就職難という現実社会への不満が若年層に強く、日本がそのはけ口になっているとの指摘もある。

 ネットの反日書き込みを紹介するってのはメディアの常套手段なんだけど、いつも思うのは「何で日本側の書き込みは紹介しないの?」ってこと。中国に対し、どれほど悪意に満ちた書き込みがあるか紹介すればいいのに。それとも、「健全な愛国心」なるものを育成する企みが頓挫することを恐れて、あえて日本側の「偏狭なナショナリズム」を隠蔽してんのかな?自分たちだけいい子ぶりっ子すんのは好きじゃないなぁ。

■最後の一文、私が日本版を書いてみた…
 このような事態になった背景は複雑だ。「戦後民主主義」教育の反動や、バブル崩壊〜失われた10年、少子高齢社会に伴う閉塞感の広がりに加え、大卒者でも就職難という現実社会への不満が若年層に強く、中国(or韓国/北朝鮮)がそのはけ口になっているとの指摘もある。
 …2chとか引きこもりとか入れようと思ったけど、文体が崩れるので断念。社会的に排斥されている者が馴れ合って、バッシングすることで妙な連帯感を得ている…とかさ。


■読売新聞/編集手帳
日清戦争の戦後処理にあたった外交家陸奥宗光は、戦勝に酔う世論に手を焼いたらしい。国が浮揚していく時期の愛国心には用心が要ると、その著書「蹇蹇録(けんけんろく)」に記している

◆国際政治学者の高坂正堯(まさたか)氏は、かみ砕いて言う。「彼の思いを卑俗な言葉でいえば、いわば成り上がりのナショナリズムほど嫌な、恐ろしいものはないということになろう」と(新潮選書「世界史の中から考える」)

◆日本などから援助を受ける途上国でありながら、年率9%台の高度成長をつづけて経済大国への道筋が見えた中国は、いま、その時期にいるのかも知れない
あれ、高坂のこの本、ブックオフで100円で買った記憶があるのだが、見つからない…どういう文脈なのか確かめようと思ったのだが、まぁ、いいや。

■「成り上がりナショナリズム」と対比させて、日本のものを「没落ナショナリズム」と私は名づけたい(別に「衰退ナショナリズム」でも「自信喪失ナショナリズム」でもよろしいのだが)。経済成長を続ける中国への劣等感も強くなってきてますからねぇ…「没落ナショナリズム」はもっと怖いですよ。国内の難題から目を背けたい衝動に駆られますからね。「愛国心教育」なんて、現実から目を逸らさせるための餌でしょ?ほら、「愛国」「憂国」を自称するバカを見てみなよ。やつら中国とか北朝鮮とか、国外の「脅威」ばかりに吠えてますよ。ほんとに日本が「没落」しちゃってもいいわけ?


■ついでに…朝日新聞/社説「中国の『反日』――たかがサッカー、されど」
 重慶や済南での「反日」騒動には、むろん日本の中国侵略という歴史的な背景がある。とくに重慶は、日本軍機の無差別爆撃によって膨大な数の市民が犠牲となった。日本の若者たちも、この事実を知っているかいないかで、騒動への見方が変わってくるだろう。

 小泉首相の靖国参拝や尖閣問題、加えて日本人による中国での集団買春など、中国側からすれば感情をさかなでされるような出来事には事欠かない。若者に高まりつつある大国意識や江沢民時代の「愛国教育」の影響もあるだろう。

 それだけではない。重慶のような内陸部は、発展著しい沿海部と比べてはるかに貧しい。就職先のない若者も多い。不満はなかなか政府に届かない。そんなうっぷんを「反日」に託して晴らそうとした面も小さくない。

 そうであれば、スタンドの「反日」をいたずらに過大視することは賢明ではない。むしろ考えるべきは、なぜ日本が標的として使われやすいかだ。歴史の和解に魔法のつえはないが、歴史のとげを抜くことは今日の政治家の責任である。
 まぁ、朝日らしいと言えばそうなのだが、もっとガッツリ言ってほしいな。悪いのは私たちです…ってんじゃぁ、どうもねぇ。それとも、小泉首相の靖国神社参拝のせいだ!と徹底的に騒ぎ立てるべきなのか?


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