2004年11月13日土曜日

北の湖セクハラ暴行

■北の湖セクハラ暴行被害届、「一切ない」本人否定(夕刊フジ)
 優勝24回の大相撲第55代横綱で日本相撲協会の北の湖敏満理事長(51、本名・小畑敏満)が先月下旬、東京都内の飲食店で、女性従業員(28)の胸や下半身を再三触るわいせつ行為やセクハラをしたうえ、頭を数十回殴ってけがを負わせたとして、女性側が警視庁本所署に被害届を出していたことが12日、分かった。女性は病院で診察を受けた結果、全治1週間のけがだという。本所署では傷害容疑で関係者の事情聴取など本格捜査を始めた。
 ま、真偽は不明。

 都内に在住する女性従業員の証言によると、女性は先月25日午後9時ごろ、当時勤務していた東京都墨田区の会員制クラブで北の湖理事長の接客を担当した。北の湖理事長は60代位の男性と、40代位の女性を同伴して店に現れたという。
 北の湖理事長と男性は店に入るなり、わいせつな話を始めた。話題は女性の体重の話に移り、北の湖理事長は「おれは触れれば体重がわかる」とポンポンと服の上から腰のあたりを触り、いきなり、「スカートの中に手を入れてきた」(女性従業員)という。いったん席を離れた女性はしばらくして、再び北の湖理事長と男性の接客をすることになり、2人に挟まれるようにして腰掛けたという。

 女性は「話題はまた下ネタの話になり、北の湖理事長は私の(Tシャツのような)カットソーの中にいきなり手を突っ込んできた。手は下着の中まで入ってきた。こんな風にもまれたんです」とジェスチャーを交えて説明した。たまりかねた女性は手を跳ね除けようとするが、北の湖理事長の力が強く、よけることができなかったという。

 「嫌がると平手で頭をたたかれた。本人は軽くたたいているつもりかもしれないが、力が強く痛かった。そのうち、北の湖理事長は酔っ払ってくると、平手が握りこぶしになった。胸は1回で2−3分、それを数え切れないほどもまれた。頭も数十回はたたかれたと思う。スカートにもスッと手が入り、下着の上から触られた」(女性従業員)
 さらに、「胸を触ろうとする北の湖理事長を避けようとすると、引き寄せるように首に手を回され、動けなくされた」と証言。プロレス技のヘッドロックに似た状態で、女性を引き寄せていたという。
 女性によると、胸をもんだ際、北の湖理事長は表情も変えず、いきなり手が動き出し、「こういうところの女はセクハラにあたらない」と豪語したとされる。
 この店は当然、“お触り”は許されておらず、今年6月から勤務している女性も「こんなこと初めてされた」と証言する。いやがる女性に連れの男性は「北の湖にたたかれるなんて家宝だよ」とまくしたてたというが、事実なら驚きである。
 最後に、「北の湖理事長は『どうだった?』というような言葉を私の耳元でささやいた」(女性従業員)という。北の湖理事長は店で焼酎をウーロン茶で割ってボトル1本を空けたというが、女性は「口調もはっきりしていて、帰るときもちゃんと歩いて帰った」と、泥酔した状態ではなかったと説明する。

 北の湖理事長らは午後11時ごろ、店をあとにしたが、女性は「首や頭が痛くて店を早退した。それから家に帰って吐きました。首の痛みが取れず、10月29日に近くの病院で受診した」と証言。女性は江戸川区内の病院から「頚部(けいぶ)挫傷、全治1週間のけが」と診断された。

 店長とかがいっさい出てこないのも妙な話だな。女性が真っ先にSOSを出す相手のはずなのだが。それを飛び越えて警視庁ですか…う〜ん。

■一問一答…北の湖「やってないよ!!ばかやろう」(夕刊フジ)
 会員制クラブの女性従業員(28)に対するセクハラと暴行疑惑が浮上した日本相撲協会の北の湖理事長(51)は、14日からの九州場所に先立ち、福岡入りしていた。11日深夜から12日未明にかけて、福岡市南区の宿舎で北の湖理事長を直撃すると、取材に対応したが、酒を飲んでいる様子で次第に激高していった…。
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 このあと理事長は記者の質問を「うるさい!」とさえぎり、「お前、責任取れるのか」と激高。一方的にまくしたてる。「ばかやろう」「お前何しに来たんだ」と数十回にわたって記者に罵声を浴びせた。
 また、「そんなこと書いたら名誉棄損で訴えてやる」「間違った記事を書いたら訴える。200億円用意しておけ」などとも語った。

 理事長は自分の携帯電話で東京にいるという妻に報告して、「おれは妻に(今回の件を)みんな言ってるんだ」とも話した。
 理事長の要求が飛躍し始めたため、記者がその場を立ち去ろうとすると、「許さんぞ!!」と怒鳴り声。ついには弟子が仁王立ちして出口をふさぎ、「おい、まだ親方が呼んでるぞ」「こいつ帰していいんですか」とすごんでみせた。
 この記事では、記者の行動がどのようなものだったかは棚上げされる。

■ま、これが真実なら、朝青龍の「品格」を問題にしている場合かってこと。

 北の湖敏満(きたのうみとしみつ)氏。本名は小畑敏満。昭和28年5月16日、北海道壮瞥町出身。42年1月、13歳で初土俵。47年1月新入幕。同5月に再入幕し、49年7月場所後、史上最年少の21歳2カ月で、第55代横綱に昇進した。

 輪島と「輪湖時代」を築き上げ、全盛時は「史上最強の横綱」といわれた。年間最多の82勝で5連覇(53年)、50場所連続勝ち越しなど、数々の記録を作ったが、晩年はひざの故障に泣いた。

 何度となく引退を取りざたされながらも、「両国国技館のこけら落としまでは」と、新国技館で初の本場所となった60年の初場所の土俵で引退。優勝24回は大鵬、千代の富士に続く歴代3位。

 引退後は、一代年寄「北の湖親方」として、後進の育成に当たる。

 平成14年2月、日本相撲協会の第9代理事長に就任。若貴ブームが去った後、人気低迷に悩む協会のてこ入れに着手し、現在に至る。

 全盛時の強さは「ふてぶてしい」と評される一方、真摯な姿勢は力士の模範とされ、土俵外でも「人格者」として知られていた。
 「人格者」だそうですよ。


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